むずかしい

僕は、いままで規則正しい生活をあまり意識したことはありませんでした。
今後の職業は昼間を中心に探しているので、朝起きて、夜寝るという人間らしい生活をすることになります。

ってなわけで、転職後から3時起床して、夜9時に寝るという生活をすることにしたのですが…
やっぱり維持が難しいですね。

いつもと違うイベントがあると簡単に崩されてしまいます。

たとえば‥

  • 面談
  • 飲み会
  • セミナー

です。

もう少し、日々の時間割に余白を残すべきなんでしょうね。
隙間見つけると埋めようとするのは…物流で学んだ職業病なのかな。

先週は、面談が2日間続き、家に帰るのが1~2時間遅くなりました。
僕の帰りを娘が待っていたと聞いて、嬉しく思うけど、それよりも申し訳ない感じがします。

申し訳なく思うのは、僕の幼少期の記憶のせいでしょうか。

…幼少期と書いたけど、保育園時代はおぼえてないですね…。
ハッキリ覚えているのは、送り迎えを祖母にしてもらっていたこと。

小学校低学年の頃に、父が開業したので、この頃から、ほとんど父の帰りは遅かったし、帰ってこない日もあったと思います。
家族での生活という習慣が僕には欠如しています。

それだからか、無意識的に理想の家族像を持っています。
僕の理想は、幼少期は特に、子供を一人にしない…と思っているけど。これは綺麗事ですな。現実との差異がだいぶあること今気づきました。

実際は、親としての自覚がなく、子供の教育に対して、無頓着でした。
子供ごとにペースがあると思うので、意識しなくてもいいのかもしれないけど、僕は言葉を話し出すのが遅かったらしいです。
それだから、小学校低学年の担当教師から「言葉の教室」というとこに通えと言われ、同じ学校内にあった教室に一度通ったのを覚えています。(実際には数回あったのかもしれません)
あと、低学年では、計算を覚えるのが苦手だったので、最初の最後ですが、親が僕に勉強を教えたのを記憶してます。保育園生から小学生へのギャップをつよく感じた頃です。

これが僕の幼少期に感じた嫌な記憶です。

それがあるからか、子供が入園時にほとんど言葉が話せず、周りの子は普通に親と会話しているのを見て、驚きと同時に焦りを感じたのを覚えています。
これに対して妻を責めました。(実際には今でも解決出来ていません) 子供が生まれてから、Wワークをしていたので、夕方仕事にでて帰りには翌朝です。
子供とほとんど接していたのは妻だったので、妻と子供の会話がなかったため、子供の日本語が上達しないのだと考えました。
子供に日本語を教えることで、妻の日本語能力も向上すると期待していました。

いまはっきりわかりました。これは貪りです。 僕が間違っています。
僕が率先して、改善しなくてはならないことでした。徐々に改善していきます。

いまでは、だいぶ日本語の語彙が増え、会話ができるくらいになってきました。すごいうれしいです。
ただ、いま子供は日本語よりも英語のが話せます。語彙も日本語以上です。ここを維持したいので、僕が英語を覚え、子供と会話したいです。

上記のこともあり、子供と接する時間が多くなるとテレワークの仕事を考えていたけど(実際には副業も理由です)、いまはあまり魅力を感じていません。
テレワークはどうしてもネットワーク上での処理が必要になるので、会社で動作の重さで、効率が悪いことによくイライラします。
これでイライラするなら、テレワークはまったく耐えられないです。このあたりが改善されないと僕にはテレワークは難しそうです。

さて、仕事にいきます。

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